Yanagisawa Shizuma
憧れの花@ラフレシア・ケリー
2023年2月、私はマレーシアを訪れていました。ゴキブリに関する本をいくつか執筆中で、その取材のためです。マレーシアに詳しい友人と、ゴキブリ研究仲間の友人と3人旅。ゴキブリはもちろんのこと、様々な生き物との出会いを楽しんでいました。
朝食中、友人たちと話をしている中で、マレーシアにはあの有名な花、ラフレシアが分布しているから、時間があればガイドさんを雇って探すのもいいかもしれないということになりました。前日に夜中まで生き物観察をしていて眠さが残りぼーっとする中で、子供の時に見た大きなラフレシアの花の横に大人が横に座っている写真を思い出しました。こんなに大きな花が地球にはあるのかと驚いたことを今でも鮮明に覚えています。そのラフレシアに出会えるかもしれないとのことで、私はもちろん賛成しました。
その後ガイドさんが無事見つかり、翌々日にラフレシアのある森へ入ることとなりました。宿からポイントまでは日本語をしゃべることのできるガイドさんが運転してくださり、森の入り口から先はオラン・アスリという先住民の方が案内人をしてくれます(お互い英語が話せないので身振りと簡単な英語で伝える)。幸運なことに、咲いて3日目の花がある場所をオラン・アスリの方が知っているとのことで、頑張って歩きさえすればラフレシアに出会うことはできそうです。
また、森の中に他の花が咲いていないか探しながら進んでいくといいます。ガイドさんによると、ラフレシアは数日しか花がもたず、最も美しいのは咲いてから2日目までとのこと。そこからは黒ずんでいき、美しさは損なわれていくらしいです。まぁこの際美しさは仕方がありません。とにかく大きさを体感してみたいところです。
ポイントに到着して軽く話を聞いたところで、早速出発。案内人についていき、ラフレシアの生育地を目指します。一応道のようになってはいるものの、石や根、水たまりが多くかなり気を遣いながら歩いていきます。バッグいっぱいに撮影機材を持っているので、転んで壊してしまったりしたら半べそです。

森を進んでいく
どんどんと進み、川を4本ほど横断し、深い森に入っていきます。後から聞いたが、この森にはマレートラやアジアゾウも住んでいるらしいです。
靴は当然グシャグシャです。しかし生き物観察をする上ではこんなこと頻繁にあるのであまり気になりません。気を付けなくてはいけないのが蚊です。刺されて運が悪ければマラリアやデング熱になってしまいます。虫よけスプレーを丹念に吹き付けてはあるがそれでも蚊は寄ってくるので怖いです。マレーシアに詳しい友人が一番後ろについていたのだが、時々はぐれてしまうので、そのタイミングで休憩しつつ、進んでいきました。すると、案内人の方が道の横に逸れ、地面にある何かを指さしています。ついて行って見てみると、なんとラフレシアではありませんか!

かなり前に枯れたと思われるラフレシア
ただ、このラフレシアはもう咲き終わった個体のようで全体が真っ黒、そしてボロボロになっていました。それでも感動して撮影をしていると、後ろから追いついてきた友人が太いツタにくっついたラフレシアのつぼみを見つけました。

上がつぼみ、下は咲き終わったラフレシア
これがラフレシアのつぼみ! 砲丸のような見た目です。ラフレシアは寄生植物で、ブドウ科の植物に寄生します。太いツタはブドウ科植物のもの。ラフレシア自体の茎や葉はありません。地面に生えるイメージがあるが、このようにツタから生えるものもあるようです。三人ですごいすごいいいながら一通り撮影し、また進み始めます。ここからがラフレシアラッシュでした。そこら中にラフレシアのつぼみがあるのです。大きさも大小あり、合計10個以上見つけることができました。ラフレシアは花を咲かせるのに1年ほど(それ以上と書かれていることも)かかるといわれています。つぼみは時間をかけて大きくなり、ようやく花を咲かせるのです。それまでに枯れてしまったり、他の生き物に食べられてしまったりと、すべてのラフレシアが無事に花を咲かせることができるわけではないでしょう。
案内人の方についていきつつ、ラフレシアのつぼみや他の植物の写真を撮影していきます。少し登ったところで、また案内人の方が止まりました。指で示したその先に、巨大なラフレシアの花がありました。

巨大なラフレシア
おおおお!と声が漏れます。ラフレシアは地面に咲いているものを思っていましたが、このラフレシアは横向きに生えています。まるで口を大きく開けたモンスターです。こんな生き物が本当にいたのだと、今更ながら実感しました。この花が話をしていた開花3日目の花だといいます。

フラッシュを使って中が写るように撮影。不気味さもまた魅力です。
触ってみるとゴムのような感触。当然だが桜やバラの花びらとは違い、しっかりしています。
ラフレシアというと、臭いことで有名です。強烈な匂いでハエなどをおびき寄せ、受粉を手伝わせます。さぁ、においテイスティングのお時間です。鼻を近づけてにおいを嗅いでみます。

においを嗅いでみる。顔がすっぽり入りそう。あまりの嬉しさに笑っている
最初は分かりませんでしたが、何度か嗅いでいるうちに魚が発酵したようなにおいが鼻を突きました。これがラフレシアのにおい。友人はアンチョビのにおいといっていましたが、確かに似ている気がします。悪臭かというと、そこまでではない気がしました。鼻を観察しているとハエが来ているのが見えました。昆虫館という場所で働いていると職業病のようなもので、これはいつか展示で使えるぞ!と思ってしまいます。結果、ラフレシアとハエのショットを何十枚も撮影しました。
それぞれ満足いくまで撮影して、記念にツーショットを撮影。名残惜しいものの、道を進むことにしました。途中、咲いて8日目だというラフレシアを案内人が教えてくれました。

開花8日目のラフレシア
色は真っ黒でボロボロ。先ほどのラフレシアも、5日後にはこうなってしまいます。あまりにも短い。生育している場所に行くのも大変で、1年ほどかけて咲き、咲いてからは1週間ほどで枯れてしまうのです。ラフレシアが「幻の花」と呼ばれるのも納得です。それはそれとして、8日目のラフレシア、なんか映画のタイトルみたいでいい感じですね。
憧れのラフレシアに出会えて大満足。そろそろ帰るのだろうかと案内人についていきまふ。ちなみに案内人の足はめちゃくちゃ速いです。山に入ることの多い私でもついていくのがやっとでした。ここで置いていかれたら方向音痴な私は出られなくなるでしょう。友人たちがいるので多少は安心ですが……
その後もどうにか案内人についていき、森を歩きます。そこそこの斜面を登り、ふと顔をあげて先を見ると、そこには鮮やかなラフレシアの花がありました。

開花1日目のラフレシア
あまりの美しさに、またも「おおおおお」と叫んでしまいます。花の横に行った案内人が「1 day」と短く言いました。咲いて1日目の花です。マレーシアのジャングルに咲くラフレシアは存在感がすさまじいです。
先ほどの花とは比べ物にならない鮮やかさです。美しい。たった2日の差でここまで違うものかと思います。先ほどの花も暗めの色が怪しさを強調していてよかったですが、美しさでいうとこちらの花に軍配が上がります。ラフレシアは見る日によって全く違う顔を見せてくれるのです。

内側の美しい水玉模様

花の内部。磁性流体のよう
近くには咲きかけのつぼみもありました。まるで紫キャベツのようです。

紫キャベツじゃありません
私はしこたま写真を撮り、友人2人より先に斜面の高いところにいた案内人の元へ行きます。すると、「1 day Rafflesia you happy」と告げられました。やはり1日目のラフレシアを見ることができるのは相当幸運なようで、「君たちはラッキーだよ」というニュアンスのようです。実はこの日の前日、土砂崩れが起きるほどの長いスコールが降っており、森の環境に不安がありました。私たちが訪れるタイミングで咲き、無事でいてくれたことは奇跡に近いです。
今回のラフレシア探しでは、つぼみ、咲き掛けの蕾、1日目、3日目、8日目のラフレシアを見ることができました。特に1日目のラフレシアは今後の人生でもう見る機会はないかもしれません。しかし鮮やかな色彩と鼻を突く臭い、抱えるほどの大きさは忘れることはないでしょう。

ラフレシアとツーショット
子どもの頃に見たラフレシアとのツーショット写真。まさかここに自分が写ることになるとは思ってもみませんでした。夢のような1日でした。
謝辞
今回のマレーシア旅の案内をしてくれた友人のトノムラくん、日々ゴキブリ研究を共にしながら各地を巡り、今回の旅でもお世話になった友人のオオギタくん、また、ラフレシア探索においてポイントまでのガイドをしてくれたスタッフの方、ポイント内での案内をしてくださったオラン・アスリの方に感謝申し上げます。お二人がいなければラフレシアを見つけることは到底できませんでした。ありがとうございました。